イベントセミナー
2023年3月22日
“骨太なITエンジニア”にリスキルするためのキャリア形成セミナー〜物価高騰に負けるな! 自分への投資を止めるな!!〜

【セミナーレポート】キャリアは組織から与えられるのではない。自分が主体となって戦略的に築き上げるべき

法政大学キャリアデザイン学部教授
一般社団法人プロティアン・キャリア協会 代表理事
株式会社キャリアナレッジ代表取締役社長
田中 研之輔 氏
激しく変化するビジネス環境と、日々急速に進化するテクノロジー。こうした時代にあって、ITエンジニアに求められている課題が「リスキル」だ。時代の要請に合わせた最新のスキルにキャッチアップする一方で、自分の将来のキャリアをどのように考え、形成していけばよいのか。またその取り組みを、企業はどう支えていくべきなのか。法政大学キャリアデザイン学部教授の田中研之輔氏による基調講演「いまリスキルが求められる理由と主体的なキャリア戦略の思考法」の内容からダイジェストでご紹介する。

「リスキル」とは、将来を生き抜くエンジニアになるチャレンジ

本題に入る前に、現在の日本の状況や企業の課題を簡単に振り返っておきましょう。ここで改めて認識しておきたいのは、「日本は、本当に人が足りない」という事実と「2025年問題」。日本全体で約38万人もの人材不足が予測され、およそ800万人が、75歳人口になっていきます。いわゆる団塊世代が後期高齢者になったあとを、働き盛りの世代を再活性化して補わなくてはなりません。これが今、リスキルが求められている大きな前提です。

ここから導き出される私たち共通の課題として、「持続的にキャリア形成を行っていくこと」が挙げられます。「人生100年時代」には、長い年月とともにビジネスや技術の環境も変わっていきます。エンジニアは、その変化に適合しながらキャリア形成に取り組んでいかなくてはなりません。もし今のポジションで活躍できていても、10年後にどんな変化が起きるかは未知数です。将来の変化に備える意味でも、「リスキル」は必須なのです。

また「リスキル」と聞くと、「今までの経験や技術を捨てるのか」と悲観する人も少なくありません。しかしリスキルとは、自分を将来も通用するエンジニアとして進化させる、「新しいチャレンジ」なのです。それも誰かに言われてではなく、自ら進んで自分のキャリアを刷新し、心理的成功を重ねながら前に進んでいく試みだと捉えることが大事です。

また私は、「2023年は人的資本経営のアクション元年になる」と考えています。これは、人材を「資源」ではなく「資本」だと認識を刷新するタイミングであり、企業がやるべきことは2つあります。1つは、2023年3月から始まった「人的資本の情報開示」、もう一つは「人的資本の最大化」です。

「人的資本の情報開示」は、人材育成や環境整備の方針や、さまざまな項目に関する男女比率を、従来の財務情報などと同様に開示する義務です。これは1度開示していくと、その後もIR情報として継続的に出していかなくてはならない。その意味でも、企業は自社の人的資本経営に対する姿勢が問われる重要な局面を迎えています。

もう1つの「人的資本の最大化」は、社員一人ひとりのポテンシャルを最大化させて働いていくこと。これはトップダウンの号令だけでは難しいため、社員各人による主体的なキャリア形成を総合的かつ戦略的に進めていく取り組みと、そのための仕組みづくりが、企業側には求められてきます。

2つの重要なキーワード「SDCs」と「プロティアン・キャリア」

ここからは、より個人にフォーカスして、「リスキルの実践に必要なこと」を見ていきましょう。2023年現在のテーマとしては、「2つのX(トランスフォーメーション)」があります。1つは「DX=デジタルトランスフォーメーション」、もう1つは「CX=キャリアトランスフォーメーション」です。DXはすでにご存じと思いますが、CXとは何でしょうか。

一般にキャリアと言うと、「自分が今までやってきたこと」と捉えがちです。しかしCXでは、過去の実績はキャリアの半分でしかなく、この先、その人が何をやっていくか=未来も含めた全体を「キャリア」と呼んでいます。このため、リスキルを考える際も「この先、何をしたらよいかわからない」ではなく、「これから先、何をしていきたいか/何をしていくべきなのか」と前向きに考えることが大切なのです。

こうした将来にわたって継続していくキャリア形成の取り組みを、SDGs(持続可能な開発目標)にならって、「SDCs(サステナブル・デベロップメント・キャリアズ=持続可能なキャリア形成)とも呼びます。環境や社会が持続的に発展していくのならば、人もそれに合わせて、柔軟かつ持続的にキャリアを形成していこうという考え方です。

ここでもう1つ、「自律的なキャリア形成」に関する最新の考え方をご紹介しましょう。「プロティアン・キャリア(protean career)」と呼ばれるものです。1976年にボストン大学のダグラス・ソウル教授が提唱したもので、ギリシャ神話の、姿を自在に変えられる能力を持った神、プロテウスにちなんで「変幻自在のキャリア」という意味を込めた造語です。日本では、私が2019年に初めて著書の中で紹介しました。

プロティアン・キャリアは、「変幻自在」の名前通り、組織にとらわれることなく、個人によって作り出されるキャリアです。さらに外部から決められた成功の基準ではなく、「自分が、自身のキャリアのオーナーシップを持つ」という主体的な意識のもとで、心理的成功を高めながら自らキャリアを形成していく点が大きな特徴です。

プロティアン・キャリアを実現するためには、「アイデンティティ=自分らしくあること」と「アダプタビリティ=変化を活かす力」の2つが重要です。これらはそれぞれ、「自分らしくあるためにキャリアを形成していく」「求められている変化に対して確実に適応していく」という行動につながっていきます。ビジネスや世の中の変化が求めているキャリアやスキルを見極め、それを自分のものとして形成していくという意識と行動が、プロティアン・キャリアには不可欠なのです。

未来のキャリア形成を成功させる「3つの心がけ」と「4つの方向性」

「プロティアン・キャリア」を実践する上で必要なことに、次の「3つの心がけ」があります。

  1. 他責にしない:当事者意識を持ち、「仕事」を大切にする
  2. 過去を否定しない:これまでの自分を受け入れる
  3. 学び続ける:キャリア開発は目の前の取り組みが鍵

最初に必要なのは、「他責にしない」。例えば「自分は、環境が悪いからリスキルできないんだ」などと、人や周りのせいにしないことです。また「自分がこれまでこんなことしかやってこなかったから、リスキルしようにもできない」という考え方もやめましょう。実は、これは日本のビジネスパーソンに多いのですが、過去を否定しているばかりでは前に進めません。まず「自分は、これだけのことをやってきたんだ」、つまり目の前にある経験を自らのキャリア=実績として受け入れることで、新しい学びが始まるのです。

リスキルに挑戦する心構えができたら、いよいよ具体的なキャリア開発にチャレンジです。ここでは、押さえておくべき4つの方向性があります。

  1. やりたい仕事を自ら取りに行く
    我慢してやらされているのでは、主体的な学びにはなりません。しかし自分がやりたい仕事にチャレンジするには、必要な知識やスキルを身につけていなくてはなりません。
  2. 客観的に自分を知る
    そこで、まず自分の現時点での知識やスキルを客観的にチェックしましょう。そのためのさまざまなチェックシートなどがありますし、私の著書でも紹介していますので、参考にしてみてください。
  3. 自分のスキルや経験をアピールする
    ここでは他の人から見て、客観的に判断や評価できるものが必要です。例えば資格なども自分の能力をアピールするには最適です。資格主催団体や教育機関が発行している「デジタルバッジ」などは、その好例です。
  4. 変化を怖がらない
    そして何より大事なのが、1〜3の変化を怖がらないこと。新しいことを始めるのは誰しも不安です。だからこそ、自分を知り、これまでの実績に自信を持って挑戦する勇気が必要なのです。

「キャリア資本」を蓄積していく上で大切なこと

今回のまとめとしてお伝えしたいのは、「これからの『働く』というのは、キャリア資本を蓄積していくこと」です。これまでの仕事というのは、与えられた場所で与えられた職務を確実にこなしていくことでした。また何かにチャレンジする機会があっても、プロジェクトが終われば無事終了。あるいは資格を取得すれば、そこでゴールでした。

しかし、これからは違います。特にエンジニアにとって仕事とは、長い年月にわたって自らのキャリア資本を蓄積する継続的な営みになっていくでしょう。このキャリア資本は貯金と同じように、どんどん貯めていくことができます。いくつか種類があって、「ジョブスキル」や「ビジネス資本」は、仕事の専門的スキルや経験値。また仕事やコミュニティ、イベントで築いた人脈や組織とのつながりである「社会関係資本」も非常に重要です。

キャリア資本を蓄積していく際には、自分の目標を明確にしておくことも大事です。例えばエンジニアとしてエキスパートを目指すなら「プロフェッショナル型」、あるいは転職を考えるなら「トランスファー型」といった考え方です。下の図を参考に、自分のあるべき姿をイメージしながら検討してみるとよいでしょう。

また自分のタイプが決まったら、「3か月、6か月、あるいは1年後までにこの資格を取得する!」など、具体的なチャレンジ目標を立てる。漫然と「そのうちなんとかなる」では、いつまでたっても進めません。

最後に、企業のご担当の皆さんにお伝えしたいのは、働く人一人ひとりのキャリアが、従来の組織内キャリアから主体的キャリア(プロティアン・キャリア)に転換しつつあるということ。その結果、継続的にスキル診断とキャリア開発を行いながら、資格取得などキャリア資本の蓄積を進めていけるかが、将来的なキャリア形成の成否の分かれ目になります。

そこで企業の人事施策としては、教育や研修の開発、診断や評価方法などを、こうした社員の主体的なキャリア形成を応援する形でアップデートしていくことを、ぜひ積極的に取り組んでいただきたいと願っています。

田中 研之輔 氏 基調講演
「いまリスキルが求められる理由と主体的なキャリア戦略の思考法」
法政大学キャリアデザイン学部教授
一般社団法人プロティアン・キャリア協会 代表理事
株式会社キャリアナレッジ代表取締役社長
田中 研之輔(タナカ ケンノスケ)

UC. Berkeley元客員研究員 University of Melbourne元客員研究員 日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。社外取締役・社外顧問を35社歴任。個人投資家。著書31冊。最新刊『Career Workout』、『人的資本の活かしかた』